SouthApollon’s diary

海や山とか自然のこと、最近読んだ本のこと、日常について

文化的効用

時には文化的な活動も良いもんだ。

たとえ今日のように古本屋を、冷やかしに行ったということも少なく見積もっても文化的活動に入る(はず)。

古本街をぶらり。読まなくても、かわなくても、タイトル見るだけで「こんな本もあるんだ」という驚きになる。ネットだと検索の正確さは良いかもしれないけど、私の場合、私のドン臭さゆえゆっくりと「こんな本いいな」と本棚を見つつジワジワと湧いてくるのがいい。

たしかに私は自然の中に…海に行ったり、山に行ったりすることもある。だけど、それは身体への効果が強く、悪くは無いけど日常生活という、文化を解説してくれるものが欲しい・・・それが本だ。

私の今の不器用な日常生活に少し、角度を変えた物事を見せてくれる。直接的な効果は無いかもしれないが、本を読まないことよりも、日常への視点が開けていく。

誰かが「本を読めば分からない人間になる」と言ったがわかる気がする。他人が本を読む人を分からないヤツだなんてのも同じだと思う。

本を読むと分裂的…作者の考えや登場人物の感じ方などが、読み手に流入する。すると、今まで分かりやすかったヤツが「こんな考え方もあるんだな」というのか入ったため、複雑になる。

コイツはこういうヤツだ、と人は分かりやすいキャラクターを求めているなら、それの反対のことを読書人はしている気がする。こういうヤツであって欲しいという願いを打ち砕いて。

もちろん、本の効用に救いを求めたり、回答を求める人もあるだろう。いまはスマホさえ見ればいいのかもしれないが、文脈…というか文章の前後(左右?)で色々なパターンを理解することできる。好きにはない雑味が実は良い仕事をしていることがある。

私もだいぶ、分からないヤツになってきたようだ。本を読んで器用になったか?生活がラクになったか?といえばそうでもなく、お金が無いなら無いなりに、なんとかやりくりできるように・・・少しはなったと思う(例えです)。

ものごとを放って置けるようになったと言えば、その通りだし、以前なら放っておけなかったかもしれない。ここはこうした方が良いな、という長期的なハウツーみたいなのを読書で身につけた、ような感じがする・・・気のせいだったりして(汗)